本朝サーファー列伝
第一回:岡野教彦/目次
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石井:教彦がジュニアで優勝したのは、伊良湖の全日本(1971)だから、もう三十年以上まえになる。
石井:全日本初期の歴代のジュニア・チャンピオンの名前を思い出すと川井幹雄、小室正則、長沼一仁、青田琢二、岡野教彦伊東満、抱井保徳、添田博道というように、強固な歴史をつくってきた。最近はどうなんだろう。途中から、わからなくなっちゃった。
石井:だけどあのころは、全部見えてて、ほかに誰もいないという感じだったよね。
石井:それで、1975年ごろから世界的にプロ化の波が押し寄せてきて、その年の新島で第一回の全日本プロが行なわれた。前浜に、記念碑的な波がたって、えらい騒ぎだった。その翌年から、I.P.S.
( インターナショナル・プロフェッショナル・サーファーズ)のワールド・サーキットが始まったわけだけど、おれが今も忘れないのは、教彦と一緒にオーストラリアに行ったことね。あれは一体、どういうことだったんだろう?
石井:ああ、そうだったかな?そういえば、あのころはパイプライン・マスターでもなんでも、みんなおれが窓口になってた。どういうわけか。それで、全日本プロに優勝した岡野教彦が、日本代表として当然与えられるべき座について、スタビーズ・オープン・サーフクラシックに出場した。あれでノリヒコが好成績を収めて、日本人でも、世界でやれるという自信がはじめてついたんだ。それまでは、ハワイばっかりで、だめだったけど・・・。
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岡野:あのときは予選ラウンドを二回勝ちあがって、本戦のマン・オン・マン・ヒートに
進んだんです。 岡野:あのバーレーの流れは、凄いですよ。でね、着いてヒロミチとふたりで入ったときは夕方で、人もいなくて波もたいしたことはなかったけど、それでも今までやったことのない波だし、すげえ波だなって、ふたりで話してた。そして翌朝、大会会場の上から見たら、ともかく波乗りが凄いんですよ、みんな。バキーン、バキーンって当てていく波乗りで、おれなんかそんな波乗り見たことなかったから、ヒロミチとふたりでああいう波乗りしなきゃ駄目なんだなって、話し合ったことを覚えてます。 石井:あのころのオーストラリアといえば、今と違って、おれたちは誰も見たことないわけだから。それ以前に日本人としてオーストラリアへ行ったサーファーといえばわずかに、ドジ井坂がいるだけで、彼が出場した1970年のワールド・コンテストまで、さかのぼらなくてはならない。その間、誰も行ってないんだから。いまの若者がホームステイやワーキング・ホリデーで、簡単にオーストラリアへ行く感覚とはまるでちがう。
石井:無茶は無茶だけど、三人で泊ったコンドミニアムが、天国の丘(ヒル・ヘヴン)という素敵なところでね。朝おきて、まっさきにカーテンを開けると目のまえいっぱいの海が、オレンジ色にひかり輝いて、うねりの筋が沖から一ダースぐらい束になって来てる。あれはとにかく強烈な印象だったな。まさに<天国>そのものなんだ。そんな状況のなかで、ノリヒコは健闘よくマン・オン・マンに進んだけど、そもそもこの競技方式が新しく発明されたばかりのうえ、相手は運悪くバーレー・ロコの強豪ラビット・バーソロミューだった。彼の庭だからね、バーレーは。やりにくかったろう? 石井:実際、あのときのバーレー・ヘッズの盛り上がりはすごかった。前の年、第一回大会に地元の英雄マイケル・ピーターソンが優勝したから余計だね。地元放送局の発表では、観衆が一万人を越えたという。おれはプロ・サーフィンの絶頂をあの大会で見た気がする。翌年(1979)のガンストン500(南アフリカ=ベイ・オブ・プレンティ)と。あそこまでがピークだった。だけど、あのラビットとの一戦。あれはすごい接戦でね。ヒートが終わったとき、サインを求める女子供はみな、ノリヒコのところに集まったくらいだった。まあ、アナウンスのタリー・ホーが日本びいきだったせいもあるけど、まるでラビットが敗者のように見えたの。結局、ラビットが僅差でこのヒートを制して、最終的にスタビーズに優勝し、あれから勢いに乗って彼が1978年のワールド・タイトルを取ったんだからね。
岡野:そのあと三人でメルボルンへ行って、ベルズ・ビーチのイースター・プロに出たんだけど、ちょうどエディー(アイカウ)が遭難した知らせが入って大変だった。(弟の)クライドが、「絶対、エディーは死んでない!」って言って、すごく可哀想だったな。それまでずっと一緒だったのに、あいつだけ荷物をまとめて、先に帰った。 石井:だから余計、オンショアのベルズが惨めでね。クイーンズランドのゴールドコーストから、また、真冬に逆戻りだからさ。おれは外に出なかったよ。
石井:あのピーター・クロフォードも、バリ島で蛇に噛まれて死んじゃった。 |
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石井:七十年代のあのころというとノリヒコは、川井幹雄のところにいたのかな。
石井:だけど、あのころ北海道で波乗りやるなんて聞いたこともなかったから、ノリヒコたちが最初じゃないか。北海道で波乗りしたの。
石井:おれはそのころ誠ちゃん(渡辺誠一)と奄美大島へ行って、<神の子>というところで波乗りしたけど、やっぱり浜にはひとっこ一人いなかったな。土地のひとがサーフボードを見て珍しがってた。ともかく、ちょうど同じころ、おたがい日本の南と北でポイントを開拓してたわけだけど、そのころのノースショアはどうだった?
石井:サンセットでビリー・ハミルトンにドロップ・インされたのは?
石井:それで今でも首に後遺症が残って時々痛むけど、そのトラックが見れたので笑っていられる。すごいことだね。彼はまったく英雄だ。ともかく、かっこよかったから。
岡野:むかしはなんというか、不便さというか、モノにこだわらないというか、あの連中は、そういうカッコよさがありましたよね。
石井:やはり波乗りする場所は、ひとによって、相性みたいなのもあるかな。あのころでいえば、ウェイン・リンチも来たけど、パイプラインは合わなかった。
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石井:知らないやつは、ノリヒコは東京の人間だと思ってるけど、千葉のローカルだね。
石井:どう?そのころの千葉のローカルは・・・。
石井:スポーツじゃない!?スポーツじゃないけど、いったい何だろう? 石井:だけど、それで、ちゃんとした答えになっていると、おれは思うよ。無理に言葉を見つける必要はないんじゃないかな。なぜなら、言葉で言い表わせないものが、波乗りであるというように言えるからだ。そこでは、言葉がかえって、邪魔になっている。おそらく、波乗りというのは、言葉にならないものなんだろう。
石井:ひとときおれも、深く考えることがあって、離島へ行ってた。五年ぐらいそこで暮らして、帰ってきたら、なんだかノリヒコがまるまると太って、ロングボードをかついでいるんだ。それを見ておれは、自分が浦島太郎になったような気がしたけど、あの十年まえに較べると見違えるように君の身体がスリムになったこと以上に、波乗りと君自身がピタッとひとつになったような気がするんだけど、そういうことない?
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石井:そうなると今度は、波乗りと板という問題になってくるな。ノリヒコにとって、サーフボードとは何だろう。
石井:そうすると、サーフボードというのはオモチャというこで、モノというわけだから、手足の一部というような感覚はない?
岡野:じゃないです。それで、大原の港というのが、いまのああいう風な港じゃなかったんです。ずうっと海岸があって、港があって、いまの太東のように、横に堤防が波よけに出てたんですね。台風が来はじめて、南のうねりが入ると、この堤防に思いっきりそのうねりがぶつかるんですよ。ドーンと。その厚くてすごいしぶきが港側にドワーッと滝ように落ちるんです。で、おじさんに連れられておれたちはみんな、この堤防の上に立っているんですよ。すると波が来て堤防に当たると、そのしぶきで身体が吹っ飛ばされて港側に落ちると、今度は滝つぼのようにグルングルンに巻かれるんですね。それがぼくたちの小学生のころの夏の遊びだった。 石井:そうすると、マリブもそうだったけど、海岸の構造や景色というものが、今とまるで違うわけだから、そのノスタルジーというものは、人一倍強いだろうね。
石井:広くて美しい白砂の海岸だった。 石井:そういう自然破壊ということに対して、われわれは常に敏感でなくてはならない立場にあるわけだね。
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岡野:サーフィンって、もっとも自然と調和するべきものじゃないですか。だから、言葉が見つからないと言ったけど、そこがスポーツとちがうところじゃないかな。だって、自然がなかったらサーフィンは終わってしまう。出来なくなってしまうじゃないですか。もっとも自然と調和するものとしたら、サーフィンはやはりその究極ですよね。サーフボードといえば今かっこいいけどさ、板のうえに立ってさ、うねりに乗るという極端に超自然的なものじゃないですか。でも、その波に乗るという快感はなによりも最高な快感だから、むかしからやっている連中はみんなやめないし、一度やめた連中でも帰ってくるひとは多いし、あの快感をひとたび覚えてしまうと・・・。
岡野:なまけ者なんだな。やっぱり、サーファーは。(笑)ほんとは、もっともっと行動を起こすべきなんだよね。 岡野:だからおれはその場所が、たとえばここならここが、いい意味で開発されて、いい意味で開けるということは、反対しないんですよ。別にここが古いまんまでいろとか、むかしのままでいろとか、そんな偏屈じゃない。発展してよくなるぶんには構わないけど、ただ海岸線とかは、自然そのままを残しておくべきだなというのはあります。
岡野:・・・(笑) 石井:さっきノリヒコが、波乗りは宗教だといえば、確かにそうでもあると言ったけど、じゃあ宗教は何かといえば、人間を社会が進む方向から、逆に向かわせるベクトルね。つまり、進歩することよりほかに能のない人間の知性に、歯止めをかけることなんだ。それは常に時代に逆行しますよ。さもないと、人類はこのまま滅亡してしまう。いまほど、宗教が重要な意味をもつ時代は、かつてなかったでしょうね。
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岡野:あの、海とか海岸のことだけじゃなくても、おれは人間というのは、ほかの動物とちがって一番いけないのは、<欲>ですよね。だからたとえば、新幹線で東京から大阪を今三時間ぐらいで行けるでしょう。むかしおれが子供のころ、大阪行くのは八時間とか、十時間かかったですよ。まあ、大変だったけども。ただ、今三時間で行けるんだったら、それでもういいじゃない。なにもほかの自然を壊したり、これ以上いろんなところをいじって、無理をしてまでも東京・大阪間を一時間にしなくてもいいんですよ。そう、思いません?(笑)もう、十分ですよね、三時間で。ここまでいいじゃないかって。それがないから、人間はいけないんですよ。 石井:つまり、今いった人間の欲望というのは、果てしがないということだな。 石井:ということは、サーファーになる第一条件は、欲望を捨てるということかな? 岡野:どうなんだろう。自分自身そんなバランス感覚が保てる方かどうか、わからないですね。いま、石井さんからはじめて言われましたよ。そんな言葉。ありがたい言葉・・・。アハハハ・・・(大笑)
岡野:そういうのはもちろん、生活するにはお金が必要で、それには働かなくてはならない。だからおれだって、そういう学校に通って、専門技術を身につけたりしたけど。でも、自分の生活を守るために、自然とかほかのものを壊したりしてまで、やる必要はないと思うんですよ。だって、むこうのサーファーたちは、そうやって質素に暮らしている連中、すごく多いじゃないですか。自分の生活は生活としてつつましくね。ただ、それ以外の大部分の人たちというのは、それで満足しないで、ほかのものに害を及ぼすようなことをしてまで、自分の利益にしようとする傾向がすごくつよい。このような考え方が国を発展させたり、レベルアップしているのだとすれば、結局、国はよくなりませんよね。かえってそのために、国がいまどんどん悪くなっている。決して、いい方向に向いてるとは思いませんよね。この国、この日本が・・・。(笑)
石井:それは日本に限らず、世界的傾向ですね。 石井:つまり、欲望は振り返らない。それはつねに、未来を見ている。だから、欲望はこの現在にとどまることが出来ない。今日より明日。あしたよりあさってというように、未来の生活をより快適にすることに心は奪われている。われわれの心とは、欲望のことですか?それはモノによって、価値判断を下す。
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石井:こういう危機的社会に生きている怠け者の岡野教彦としては、この直面する現在をどう生きていく?
石井:それは「死ぬまでやる」ということ? 岡野:ぼくは自分自身これだけ波乗りやってきて、いろんなとこ怪我したり、悪くしてるし、・・・。だからサーファーを治療するのに、非常にわかりやすいですよね。どこが悪くなりやすいとか、自分で経験してるから、注意も与えられます。どういうことすると、どこが痛くなるとか、治療家としてもアドヴァイスしてあげられるし、波乗りの方からも指導してあげられるかな、というのはあります。
岡野:後遺症として、こういうのは、残るのはしょうがない。まあ、自分も冷たい冬の海に入るから、なかなか実行するのは難しい面があるけど、基本的にはなるべくそういうところを冷やさないようにするとか、自分で気をつけるしかない。だから、ケアとか、そういう
ことしかできません。この首をもとにもどすということは出来ない相談です。だいたい人間の身体は、とくに関節類とかは、一度ひどくこわしてしまうと100パーセント回復するのは無理ですからね。
岡野:そういうのがあると、それからあとはどうしても、元どおりの状態は無理ですよ。かといって、痛みが出ないように護れといっても、それ全部まもっちゃったら、波乗りできなくなってしまいますね。寒い日はやるなとか・・・。
石井:その気持ちがまず大事だと。 石井:まあ、波乗りの生活ということを、ノリヒコの仕事から見て、われわれの肉体との関係でとらえて、これを大事にしなくてはならないのはもちろんだけれども、最近スリムになって、波乗りも調子がいいみたいだね。体調がもどったの?
石井:その点、これから年齢的にも食べるものとか、節制という意味からも、すごく大事になってきませんか。
岡野:なんかね。石井さんがそういうのやってるって、大輔から聞いたけど・・・。 石井:おれは波乗りいくらやっても疲れないんで、こないだ蛸に会って聞いたら、波乗りは疲れます。最近、年とってきて、とくに疲れますと言ってたな。どういうわけだろう。
石井:ノリヒコは、どう。最近、体力おとろえたと思う? 石井:それは、そうだろう。だって、こないだの台風(21号)のあと、蛸と二人で第一集団を形成して、うちのまわりの若い連衆は第二集団で、おこぼれ頂戴だったから。
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石井:やっぱり若い連衆は、ノリヒコのような波乗りを、見たことがないんだろうな。いまは、ある意味でみんな、波乗りが同じだから。
岡野:いまでも、ぼくはラインをすごく大事にしますね。こないだも鴨川で全日本があったとき、ぼくは出なかったけど、サンドバーのひとつで波乗りしてたら、ジョージ君(藤沢譲二)が同じことを言ってくれた。「ラインがちがうよ。ラインがきれいなんだよ。」って言ってくれたけど、それはおれにとって、すごくうれしいことなんですよ。
石井:それは、波を読むという、またひとつ特殊な能力だな。 石井:そこまで深く波乗りを見てゆくと、それはすなわち波とサーファーの調和という問題に行き着いて、サーフィンは時代を超える。波乗りをスポーツとしてみれば、その時代によって道具が違うように、その目指すテクニックも、時代により変遷する。だけど大自然の波は本質的で変わらないものだから、その根源的なところで見れば、波乗りは時間を超越している。サーフボードはおもちゃだと言ったけど、ノリヒコにとって波とは何だろう。
石井:波乗りやってて、よかったと思うのは、どんな時? 石井:だけど、波というのは自分じゃないよね。 石井:わかった!波はね、ぼくの子守り役かな。(爆笑)その間に、サーフボードというおもちゃが、あるじゃないですか。・・・だって、波に乗っている時って、まあ海に入っていること自体がそうなんだけど、波に乗ってるときは、ある意味で心がすごくやすらいでますよね。なんにも、余分なことを考えてなくて。本当に、素直な自分じゃないですか。そういうふうに考えると、自分をすべて委ねているもの。だから、子守りじゃないですか。アハハハ・・・(笑) 石井:いいこと言うじゃない。やっぱり、その<やすらぎ>が究極だろうな。
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岡野:あの、おれが波に乗ることは、もう空気を吸うのと一緒で、何々を得るためとか、何々のためにというようなのは、全然ないんですよ。波乗りするのに、そういう前置きは一切ないです。
岡野:かっこよくいえば、そうかもしれない。うん。(波と)一緒になってる。 石井:この表紙(SC July 1981
Vol. 2 No. 4 ) を見ても、教彦はテイクオフからいきなりチューブに入ってますよね。 石井:そういう瞬間をわれわれが見るとき、おたがいサーファーというのは眼に焼きついて、そこに<神的>なものを見ない?
岡野:そうだよ、だってさあ、いまだに眼に焼き付いているんですからね。あのきれいな手のかたちと、あの板がキュッとなった一瞬の、シューッというあれが。
石井:それがノリヒコのなかで、永遠になっているわけだからね。 石井:ということは、そこには時間がないということになる。 石井:ドロップ・インされて畜生と思うまえに、魅せられちゃった。 石井:首はやられたけど、恨んでない。 |
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石井:B. K. とかいうけど、やはりビリー・ハミルトンなのかな?教彦は・・・。 石井:不器用に見えるスタイルなんだけど・・・。 岡野:だけど、必要ない。確かに、あの深いボトムターンして、あのすごい位置にもっていけば、カットバックいらないですもん。
石井:日本人では、誰? 影響与えたのは・・・。 石井:波乗りはうまいし。 石井:どこで、一番すごいと思った? 岡野:青田君のボトムターンの伸び!あれに、おれはもう、驚かされた。
石井:あの落ち着き払った雰囲気はどこからきてるのだろう? 岡野:そうです。ほんと。(笑) 岡野:むかし新島に行くと、ディスコっていうのは、一軒しかないんですよ。だから、夜になるとみんなでそこに集まるんですよ。みんな酒飲んで、がんがん大騒ぎしてさ。カッチンとかカオルとかわいわいやってさあ。青田君ひとりでカウンターで、ラーメン食ってる。
(爆笑) 岡野:ダイスケはもう、師とかそういうのじゃなくて、おいっことか、弟という感じ。それこそ、ベビーのころから知ってるし。(笑)
石井:ニヒル。 大輔:たぶん、そういう感じじゃないですか。ニヒルですよね。 岡野:だから、ダイスケの時代のサーファーのなかで、やっぱりダイスケは雰囲気がちがうというのがあるんじゃないかな。そこがさあ、女の子に人気があるとことか、そういうのなんかもダントツじゃないですか。ほかの、サーフィン以外のところがダイスケの才能に目をつけたりするのも、そういうとこにちがいを感じるんだろう。ダイスケの場合。 |
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石井:青田は、湘南だよね。ノリヒコにとって、湘南というと? 石井:やっぱり蛸は、バディなんだ。 石井:普通、そんな続かねえぞ。なかなか。
石井:抱井とも、こなだ話したら、千葉がなつかしいみたいで、いつか戻ってきたいような感じだった。
石井:なんで。 石井:そうだけど、ある意味で蛸なんか、そういう方向に行ったよね。ヒロミチと。
岡野:会社おこして、人を育ててというのではない。あの人は、本当に一匹狼ですよ。ブレない、絶対に、あの人は。
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石井:抱井はどう? 岡野:多いでしょう。 岡野:うん。増田昌章はカリスマ性。(沈黙)
岡野:自分をまったく、飾るようなことしない。あんな、飾らないやつはいないよね。
石井:あいつの子供が、この志田で大会に出てるのを、抱井が一所懸命に応援している姿を見た時にね、どうもピンと来なかったんだよな。
岡野:応援するより、子供は大会やってるけど、こっちで自分は勝手に波乗りやってるような。(笑)
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石井:おれは子供の教育に関しては、ひとこともなくて、抱井なんかにいわせれば、おれに女房・子供がいるほうが不思議だといわれそうだけど、もうここまで来るとこれで押していくしかないわけだ。いままでも、そうだったし・・・。だから人の親らしいことも、亭主らしいことも、まったくしたことがないわけで、よくここまで生きてこれたと思う。だけど生きてこれたというのは、ひとつの思いがりで、実際は生かされているだけなんだけだど、それは実にありがたいことである。これでもし、なにか文句があったら、それはおかしい。なぜなら、自分ひとりで得たものなんか、何もないんだから。これはもう、感謝と祝祭しかないわけだ。一日一日が。波がいいとか、わるいということもない。ノリヒコじゃないけど、すべてを委ねていく。自分の生命もなにもかも。 岡野:うん。波乗りしてるんだもん。ハッピーですよ。
石井:まあ、ノリヒコとかおれも、こうして目立たずに、人一倍波乗りはやってるわけだけど、そういう意味では、青田とかフー(渡辺文好)のように、あれだけのサーファーがおもてに出ないで、沈黙を守っているのは奥ゆかしい。
石井:だけど実際、波乗りのカルチャーというのは、いまいったトータル・コミットメントもそうだけど、表面にあるファッションではなく、内面のすごく深いところから湧きでてくるものですね、その源泉は。だから、表面に出ていることではなく、実際はおもてに出ないかくれた部分に、真実というのものは表われている。いまのような現代社会の仕組みでは、人間はますます真実から遠くなり、人間がモノとなり、モノとしての人間は機械以下の能力しかもてない。人間性は風前の灯だな。メディアが真実をはきちがえている。 岡野:だって、現役のプロでバリバリにやってる子なんかでも、自分が雑誌とかいろんなので見たものごとと、おれの話したことの真実のちがいに、ものすごくショック受けてた。 |
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岡野:もしかしたら、これから見えるのかもしれないですね。いま、石井さんから、はじめていわれたけど。まだ、自分では見えてないですよ。見えてくるのかなあ。見えてきたら、いいます!なんちゃって、・・・。(爆笑)ただ、見えた見えないでいえば、今までとちがって、人のサーフィンが非常によくわかる。自分で観察しようとしなくても、そういう風に見えちゃうんですよ。 石井:そうだろう。おれも毎日やってて、誰も会わない。こないだ、マサキ(原田)に声かけられて、ビックリした。あいつも、空いてる方がいいといってたな。
石井:ズッチョのどういうとこ? 石井:それがにじみ出るのはその人の徳だろうけど、謙虚な性質は本来、自己主張しないから、おもてには出ない。だから、物質主義の現代社会でおもてに出る人間の徳は、みな偽善の様相を帯びてくる。すべてが経済行為に結びついて、モノに還元されてしまう。なぜなら、価値判断の尺度がモノにあって、人間の精神にないからだ。そこで、ノリヒコが最初に言った人間の欲望ね。それを捨て切ることは出来ないというのは、たしかな観察だと思うけど、君自身すでにある限度までそれを落としてきた。だから、やすらぎがある。でも、いまの日本で、この社会のどこにやすらぎがある?さっき、ハッピーだといってたけど、ノリヒコとか、おれが、波乗りで救われても、救われない多くの人はどうなる?それは、お金の問題ではない。お金で得られる幸福なら、おれたちは、はるかに水準以下だから。 岡野:いまの日本はほんとに、ひどいですよね。政治家といっても、人間的にはまるでなってないし、あんなのに任せてたら、この先だれが首相になっても同じですよ。そういう考えを、根本的に変えないかぎりは。
石井:つまり、そういう社会で生かされてる? 大輔:『サーフ・トリップ・ジャーナル』。 岡野:そうじゃなくて、あれは「いまの千葉」という題名にすればいい。それが蛸とピッタリ意見が合っちゃったんだよね。(笑)蛸はもう、「さみしくなっちゃった」なっちゃったみたな言い方してた。あの本、見たとき。
石井:そういうものに対して、どこかで調整機能が働かないと、波乗りは理解されないし、雑誌もつまらない。大部分のひとはそれで判断するわけだから。
岡野:やってないからね。
石井:何か、聞きにくる?ノリヒコのとこへ。 石井:不思議だなあ。 石井:じゃあ、ダイスケに聞いてみよう。いまの雑誌のトレンドは、どういう方向にいってるの?
大輔:全員が言ったことが、全部いっしょに入ってるようなもんだから。それもその、テイクオフしてボトムターンでずっこけて、一回切っちゃったからもう、サーフィンやめようかなと思っているような人、ばっかりですからね。びびって…で、なかにはその、本屋さんに就職しようというので、就職試験受けて、本屋に入ったら、たまたまサーフィンの雑誌やってたから、サーフィン始めてみたとか。そういう人が、「これが全てだ!」ですからね。だから、おそるおそる書いてる人なんか、まだいい方だよね。それで今度、プロサーファーに書かせたり、安直なことして、うまく伝わらないわけですよね。こっちはこっちで、適当に、わけわかんないこと言ってるんだから。(笑)それでも、内容によって、売れてる月と売れてない月があるから、だから読んで感じて、それで認識する人がいるということは確かなんですけど・・・。 岡野:だから、いいものを書いて出せば、いい影響もたくさん与えられるんですよね。 |
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石井:教彦のように、むかしから第一線で波乗りやってきて、いまもそれに熱いまなざしを注いで、その目に見えない力がわかってくると、何かを人に伝えたい、伝えなくてはならいという、やむにやまれぬ気持ちが、自然と湧いてこないかな?
石井:どういうこと、一番つたえたい? 岡野:自分では、なにを教えるというのが定まっているわけではないから、それが話のなか出てくるというのがあるじゃないですか、ああそうだ、この部分はちゃんと教えておかなくては、というような部分がね。でも、そのほうが、柔軟性があっていいかなとおもう。あんまり自分のこういう部分を教えなきゃというのがつよくて、それをやっていくと、やはり今の若い子たちというのは、うるせえオヤジだなとかなっちゃうしさ。(笑)
岡野:むずかしいですよね。だからおれは、たんに見えてる結果ではなく、見ようとする姿勢。これが大事だとおもう。それは結果的に見えた見えないのことではなくて、その見ようとする姿勢。それだけで充分なんですよ。
石井:ダイスケが、うちはマニアが多いとさっき言った(同じく休憩中)けど、マニアでないサーファーがいるんですか?
岡野:だから、結局、社会が波乗りというものを決めようとするじゃないですか。スポーツだ、遊びだ、なんだ・・・って。一般的にね。
石井:安易ではあるけども、そこになにか、人々をひきつけるものがある。そこにサムシングがあることは、誰でも嗅ぎつけている。だけど、そのサムシングはなにかというと、これがまったく分からない。それは、波乗りがそれだけ、神秘的だというこかな?
岡野:まあ、人それぞれに本質的なもののとらえ方はちがうけど、ほんとにサーフィンが好きで、サーフィンにむかしから携わっている人たちは、きっとどこかで同じ本質的な話になったときに、共通するものは絶対あると思うんですよ。つながっているものはね。ただ、ほんとに、でも、今の一般的なサーフィンの扱い方は、すごく多いですよね。もう、やたらとサーフィン使いますもんね。 |
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大輔:だから、サーフィンする人は、かっこいいんですよ。 石井:さかなを捕って来る? 岡野:サーフィンというのは、かっこいいというイメージ。これはもうぬぐい去れないですよね。サーフィンやってるんだ、かっこいいねとか・・・。やっぱり、かっこいいもの、なんだろうね。
石井:いま、ダイスケが言ったのは、古代ポリネシアの波乗りのことだけれども、おれはこないだグレッグ・ノールさんにゆっくり話を聞いて、つくづく思ったことはやはりそれだよな。彼は現代の<巨人>だ。なにしろ、" DA BULL " だから・・・。ああいう人はもう、二度と出てこないだろうな。きわめて貴重な存在なんです。だって、ポリネシアの古代がそのまま現代に生きているわけだから。いま、ここでグレッグさんのことを言い出せば、この話が終わらないから、いつか別の機会にしようと思うけど、あのサーフボードというのは権力の象徴だったのではないですか?いま、グレッグ・ノールは樹齢二千年のレッドウッドで、年間十台のサーフボードを生産している。喉から手が出るほど、欲しいが、一台一万四千ドルだ。その<OLO> とか<ALAIA> は・・・。同様に古代において、二千年の巨大な木は、すなわち<神>ですから、普通の者は斬ることはもとより、近寄ることもできない。それは<御神木>です。古代ポリネシアでは、トーテミズムやマナリズム、あるいはアミニズムというのがあって、いわゆるトーテムポールとか神的なものを仕切れるのは、部族の首長だから、さっき旦那とか王族といったように。だから、サーフボードを海に浮かべて、それに乗るというのは、きわめてまれな祝祭だったかもしれない。それは祭りですよ。だから、その起源はいま二人が言ったように、非常に男性的なものだと思いますけど、これが現代になると、受動的にやや倒錯してくる。その意味で女性的かなと・・・。だけど、女性の波乗りをいまだかつて、美しいと思ったことは、一度もない。こんなこと言うと、女性のサーファーに失礼だけど、不思議なんだ。女は美しいけど、女の波乗り美しくない。 岡野:おれも、それは言える。かっこよくないんだよ。女の人のサーフィンって。
石井:いい女が、上手に乗っても、かっこよくないのね。 大輔:なんか、「バリバリやっちゃうわよ」というような感じの女の子って、なんかこう、魅力を感じないですね。
石井:ヒーローだ。
石井:大胆ね。 |
| 石井:そろそろ「まとめ」にはいるけど、そうすると、ノリヒコのなかにはラビットも出てくるな。
石井:するとビリー・ハミルトンがいて、その次にはラビットが出てくるのかな?
岡野:あれはもう、ショックだった。ワーッ、かっこいいなと思ったけど、ぼくにとっては、唯一のグーフィー・フッターですよね。ビリー・ハミルトンはもう、あの人のスタイルとか、ラインとか、子供ごころに憧れたけど、それからロルフ・アーネス、そしてラビットかな・・・。ラビットはね、かっこいいですよ。なんかの本でも、ラビットがサーフィンの象徴のように書いていたけど・・・。サーフィンそのもの、みたいな。
岡野:うん。感性をすごく、大事にしている。 岡野:ああ、ラビット?・・・影響受けてますね、きっと。受けてます。 岡野:そう、そう。まえのめりで・・・。 岡野:非常に、挑戦的な波乗りなんですよ、ああいうのって・・・。よく、考えるとね。
岡野:要するに、余裕をもつというような、こころがけ? 石井:確かに、すごく挑戦的で、あのころハワイアンとの間で摩擦が生じた。ジェリー(ロペス)の有名な論文が残ってるけど、いまのノリヒコの観点からすれば、その挑戦的態度は、一方で波と一体になろうとする<調和>の精神が、どこかに働いていたと思う。繊細かつ大胆な波乗りということは、挑戦的かつ調和的ということだから・・・。こういう全一的というかな、波と一体になろうとする気持ちは、すごくラビットの中にもあったと思う。彼は、こぴっどくやられたようだけど、それがなかったら、その一体感がなかったら、誰にも認められなかっただろうしね。ともかく、オージーとハワイアンのことになると、話は尽きないから、やめるけど・・・。(笑)それより、どうなんだろう?ノリヒコの波乗りは、これからどういうところに、行く?どこかに、行きつくとすれば・・・。 岡野:・・・。わかんないですね。どういうとこに行くかは・・・。 石井:アルバート・ファルゾンとジェフ・ホーンベーカーが最近出した <GLOBUS> THE MEANING OF LIGHT という究めて宗教的なサーフィン映画を見ると、ケリー・スレーターが足ヒレつけて、ボディ−サーフィンしている。ひとりで、ピークから・・・。あれと同じだな。波乗りの映像が氾濫して、むかしのような貴重さが失われてくると、海の底から太陽の方を見ながら、波のピークに泳いでいき、それと一緒に流れていく感じは、すごく新鮮なんだ。むかしは波乗りの映像が、そういう感覚を与えていたけれど、あもりにもそれが通俗化して、みんな飽きちゃったのね。だから、ひとの見えないところで、だれもいないところで、誰にも邪魔されずに、波と一体になれるボディーサーフィンが、究極の波乗りみたいに見えてくる。また実際に、サーフボードというオモチャを必要とせず、自分のからだを道具にするから、より深く結合できるのかな? 岡野:そう、だからあの波、ボディーサーフィン。ひとりで・・・。(笑)
岡野:もうね、ちがいますよむかしとは全然、波のちからも。 石井:リーフが理想的なんだろうな。 石井:やっぱり、人間がなんでも、むつかしくしている。あれで、ひとがいなければ、もっとチューブは、やさしく入れるんだろうけど・・・。そうすると、松部かな?
平成十四年十月九日 千葉県長生郡一宮町東浪見海岸「亀仙館」にて収録。 |